部品が無いアンティーク時計の修理 ホゾ折れ

シチズンの国産機械式クロノグラフ、キャリバー8110です。
いまからおよそ50年くらい前の時計です。

ヤ〇オクにてジャンク不動で購入したという時計の修理をお預かりしました。

不動の原因

不動の原因は汚れではなくこちらです。

歯車の軸が折れているためです。
てっとり早く部品交換で済ます事ができればいいのですがそうはいきません。
古い上に出回った部品の量も少ないので交換部品単体としての入手は非常に困難です。

製造元メーカーでの修理対応でも部品無しの場合はすぐに修理不可でご返却となる時代です。
部品がない前提で始まるアンティークの時計、こういった部品交換が不可能な時計の修理方法をご紹介します。

折れた部分を直す

このように歯車の軸(ホゾ と言います)が折れた時の修理方法は、一般的には入れホゾが第一選択肢になります。

入れホゾとは?

折れたホゾの部分を旋盤を使って削り取り、ドリルで穴を開けて別作した新しい軸(ホゾ)を打ち込みます。

別の時計の写真ですが↓こんな過程の修理を行います。

穴を開ける軸にある程度の太さがあれば非常に有効な手段です。
しかし入れホゾを行うには軸にある程度の太さがある事が必要です。

軸を打ち込むので打ち込まれる軸側にも、ある程度の太さがないと強度が足りません。
軸を打ち込むときだけでなく穴を開ける際にもある程度の強度は必要です。

今回の歯車は細すぎる

今回の折れたホゾのサイズを見てみましょう。

穴をあける位置的にも太さ的にも入れホゾをするには難しい部分です。
この図のAの部分に穴をあけて軸を打ち込みますがこの部分の太さは0.22ミリでした。打ち込む軸の太さは0.07ミリなので0.1ミリの穴を開ける必要があります。

0.22ミリの軸に0.1ミリの穴を開けると軸の圧入部分の壁の厚さは片側0.06ミリになります。この薄さでは強度が足りません。

ところで0.06ミリとはどのくらいの薄さでしょうか?
身近なものでいうと一般的な普通紙、コピー用紙1枚の厚みは0.09ミリです。

コピー用紙の3分の2の厚み、ドリルや旋盤の精度的な問題だけでなくこの薄さでは強度も不十分なため入れホゾによる修理は避けた方がよさそうです。

キャップスタイル 第2のホゾ修理方法

入れホゾは不適と判断して第二の修理方法を選択します。
勝手に命名しましたがキャップスタイルでホゾを修正します。

キャップ式ホゾ修理

折れた部分を削り取り、補修するホゾ部分をキャップ状に加工して折れた部分に被せて復元します。

まずキャップ側を作ります。圧入部分の穴を開けます。φ0.2ミリの穴です。

反対側の軸部分を削り出します。この軸の先端の太さは0.07ミリ、紙の厚みより細いです。


顕微鏡で拡大して見ると紙も意外と厚みがあります。

次は被せられる側を整形します。歯車部分を外してキャップの穴に摩擦止めできる太さに整形します。

最初に作ったキャップの部分を圧入して軸が直りました。

外した歯車の歯をかしめ直して修正完了です。

ひとまず修理した歯車を組み込んで動作確認をします。

調子良く動き出しました。
動かない原因の修理ができたのであとは通常の分解掃除を行います。

分解掃除 垂直クラッチ式クロノグラフ

昔ながらの歯車をスライドさせてクロノグラフの動作をオンオフさせる機構ではなく歯車の同軸上でバネによるクラッチの接続でオンオフを切り替えています。
最近の高級クロノグラフの多くにこれと似た機構の垂直クラッチ式が採用されています。


特徴的な歯車

修理完了しました

オーバーホールが完了しました。

不動の原因であった折れた歯車もしっかりと仕事をして動作しています。
修理の際は不具合の原因である部品を交換できればそれが一番ベストなのですが古いものですとそう簡単には交換部品が入手できません。
修理、修復を前提に取り組む必要があります。

修理方法を考える、というのは古い時計を修理する際に避けては通れない道です。
考えながら眠りについたら夢の中で思いついた。なんてことも何度かあります。

思いつきがうまくいったときは何とも言葉にできない達成感があります。
修理人冥利に尽きる瞬間です。